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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1464号 判決

原判決は被控訴人において金三十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

控訴代理人は、「原判決中控訴人に関する部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並びに原判決につき仮執行の宣言を求めた。

事実上の陳述として、被控訴代理人は、「訴外諸角一雄は控訴会社の経理課長として、同会社振出の手形又は小切手につき、その取得者からの問合に対しその真否を調査回答する事務をも、その職務としていたものである。原判決中三枚(記録第二三三丁)裏一一行目に"に機を見て一度に控訴会社名、その代表者名のゴム印及び社印並びに三井名下の印鑑を盗用押捺し、請わるる枚数を訴外竹内義行方に持参し、金額その他基本手形事項を記載せざるまま、これを同人に渡していたのであつて、本件手形もその一つであるから、諸角一雄の右手形偽造の加担行為は、控訴会社の事業の執行についてなしたものではない。即ち民法第七一五条にいわゆる「事業の執行につき」とは一方において事業の執行に際してなされたものを含まないと同時に他方において事業の執行のためになされたものであることを必要としない。その中間の観念として事業執行の過程中に加害行為をなす場合であり、且その被用者の行為はその担当する職務についてなされたものであることを要する。使用者が多数の者を使用し、被用者の間に職務を分掌させるときは、各被用者がその分担する職務の執行について加害行為をしたときだけ、使用者の責任を生ずるのである。勿論その職務の分掌は企業内部の規則を形式的に標準とせず、実際における職務遂行の実情に則して判断せられるべきである。従つて当該行為を外形的に観察して、その一部は本来の職務と同一なるも大部分が異なる場合は、「被用者のその事業の執行に付て」の範疇に属しないものと解すべきである。蓋し同条は社会的損害の公平なる分担を理想として被用者の事業執行につき使用者の過失責任を認めんとするものであるから、少くとも本来の職務とその外形において同一であることを以て限界となすべきものである。これを本件についてみるに、諸角一雄は、その本来の職務として仕入課より廻付された仕入帳と支払伝票に基いて振替伝票を作成し、約束手形に所要事項を記入し、庶務課保管に係るゴム印及び社印を押捺し、振替伝票と共に取締役に提出するまでの社内事務の一部を分担していたに止まる。すなわち手形の発行は他課の発議により経理課は発行の準備事務を担当していたに過ぎない、その発行は取締役自身において行い外部に対する交付も他課の仕入課において行われていたのである。詳言すれば、(イ)諸角一雄が盗用した印鑑中会社名、代表者名のゴム印及び社印は総務部庶務課の保管にかかり経理課の保管するものではない。(ロ)三井名下の実印は三井自身これを保管し、必ず自ら名下に押捺して手形を完成せしめていたのであつて、経理課長その他の者に代つて押捺せしめることは絶対になかつた。(ハ)控訴会社において手形を発行する場合は常に手形要件のすべてを記入した上で発行するのであつて、本件手形の如く手形要件空白のまま白地にて発行されることは全くない。(ニ)正規の手形は取締役自身の押捺により完成された後必ず仕入課から仕入先に交付されるものであつて、経理課長から直接交付されることはない。(ホ)竹内商会なるものは控訴会社の取引先ではないから、かつて同商会に手形を振出したことはない。(ヘ)本件手形は竹内義行が訴外松井実に割引を依頼し、同人から日歩約十六銭以上の高利の割引手数料によつて割引を受けたのであつて、控訴会社の正規の手形はかかる高利によつて割引譲渡されることは絶対にないし、又右割引については諸角は全く関与していない。以上の如く諸角の行為は本来同人の担当していた事務との間に密接な関連はなく到底その職務執行についてなされたものと見る余地はない。二、又控訴会社は諸角に手形を確認するが如き権限を与えたこともなく、事実また確認させたこともない。手形の確認という如きは経理課の事務分掌とは何等相関するところがない。従つて仮に諸角一雄が本件手形の真否の問合に対し回答した事実があつたとしても、固より経理課長の事業執行につきなされた行為とみるべからざるは論を俟たない。三、本件手形の最終所持人は竹内義行であつて、被控訴人ではない。すなわち昭和二十五年十月十六日株式会社富士銀行品川支店から手形を買戻した者は竹内義行であつて、被控訴会社が支出した金百万円は竹内の右買戻資金の融通に過ぎない。従つて被控訴人が手形の所持人であることを前提とする損害賠償の請求は既にこの点において失当である。」と述べた外、当事者双方の事実上の陳述は原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

控訴会社がもと株式会社三越縫製工場と称したが、昭和二五年九月二〇日現在の商号三越縫製株式会社と変更し、同年一〇月四日その旨の登記をしたことは当事者間に争がなく、右事実と甲第三号証、原審並びに当審における証人竹内義行(原審の第一、二回とも)、松井実、原科甲子男の各証言及び原審証人松井実の証言により成立を認めることのできる甲第一号証を総合すれば、訴外竹内義行は、株式会社三越縫製工場代表取締役三井季夫が竹内に宛てて昭和二五年七月二五日金額を金一〇〇万七、〇〇〇円、満期を同年一〇月一五日、振出地及び支払地を東京都品川区、支払場所を株式会社富士銀行品川支店として振出した旨の記載がある約束手形(以下本件手形という)を、昭和二五年八月一五日、支払拒絶証書の作成義務を免除の上、白地裏書により被控訴人に譲渡したことが認められる。

控訴人は、本件手形の振出を否認するから、まず本件手形が果して控訴会社において振出したものか否かについて考えるに、甲第三号証(本件手形)中振出人欄の控訴会社の社印、同会社代表者三井季夫の記名印及びその名下の印影が、いずれも控訴会社並びに同会社代表者三井季夫の印顆によつて押捺されたものであることは、当事者間に争のないところであるから、反証のないかぎり、右書証は一応真正に成立したものと推定される。しかるに、成立に争のない乙第一、二号証、原審証人諸角一雄三井季夫、原審並びに当審証人竹内義行(原審第一、二回)、当審証人山崎喜之の各証言を総合すれば、控訴会社の経理課長であつた訴外諸角一雄(諸角一雄が株式会社三越縫製工場と称していた当時から昭和二五年九月二八日まで控訴会社の経理課長であつたことは当事者間に争がない。)は、かねて知合の訴外竹内義行から金融の懇請を受けて昭和二四年頃から度々内密に控訴会社の金員を貸与していたが、竹内はこれを返済することができなくなつたので、諸角と竹内とは全くその処理に窮し、昭和二五年八月頃両名相謀つて、控訴会社振出名義の手形でその不始末を糊塗せんことを企て、諸角一雄において約束手形用紙に擅に控訴会社名及び同会社代表者三井季夫名のゴム印並びに会社印を押捺し、右三井名下に同人の印鑑を、同人の不在中同人の机の抽出から盗み出して、押捺した上これを竹内義行に交付し、竹内義行において金額その他の要件を記載し、よつて本件手形を作成し、これをもつて被控訴人に割引を依頼したことを認めることができる。

しからば、本件手形は諸角一雄の偽造にかかるものであること明白であり、従つて被控訴人が本件手形を取得し現にその所持人であるとしても、控訴会社に対し手形上の権利を取得することはできないものといわなければならない。

被控訴人は、「控訴会社は信義則並びに禁反言則により本件手形の支払を拒むことはできない。すなわち、昭和二五年八月中被控訴人が竹内義行から、本件手形の外振出人、振出日、振出地、受取人を全く同じくする他の二通の約束手形の裏書譲渡を受けたが、本件手形以外の他の二通の約束手形は各満期日にいずれも支払われた。よつて、もし本件手形が偽造であるとするなら、他の二通の約束手形も偽造であると解せざるを得ないのに、控訴会社は右二通の約束手形の偽造であることを知りつつ自己の資金をもつて支払つた以上、本件手形についても偽造を主張し、その支払を拒否するのは、明らかに信義則並びに禁反言則によつて許されない。」と主張するけれども、控訴会社が本件手形と同様諸角一雄によつて偽造された控訴会社振出名義の手形について、その偽造であることを知りながら、被控訴人に対しその支払をなしたことを認めるに足る証拠がないばかりでなく、原審証人諸角一雄、竹内義行、三井季夫の各証言によれば、被控訴人は昭和二五年八月中旬頃竹内義行から、本件手形と同時に、振出日、振出地、支払地を同じくする控訴会社振出名義の(イ)金額百万円、満期二五年九月二一日、支払場所株式会社帝国銀行五反田支店なる約束手形一通及び(ロ)金額百万円、満期昭和二五年一〇月五日、支払場所株式会社千代田銀行品川支店なる約束手形一通の裏書譲渡を受けたが、右(イ)(ロ)の手形も本件手形と同様諸角一雄及び竹内義行によつて偽造せられたものであるところ、右二通ともそれぞれ満期日に手形金が支払われたけれども、それは諸角について(イ)の手形金相当額を竹内から受領してその支払をなし、又(ロ)の手形金については、竹内の金策がつかなかつたため諸角が勝手に控訴会社の当座預金から決済したものであつて、控訴会社は右支払については少しも関与しなかつたことが認められるから、控訴人が本件手形について偽造を主張してその支払を拒否することはなんら信義則に反するものでもないし、又いわゆる禁反言則の法理に背くものではないといわなければならない。

されば、本件手形に基き控訴人に対し手形金の支払を求める被控訴人の本訴請求はその理由がないものというべきである。

よつて次に被控訴人の損害賠償の予備的請求について判断する。

まず、控訴人は、被控訴人が従来の手形金請求に対し、予備的に諸角一雄の不法行為を原因として使用者である控訴会社に対する損害賠償の請求を附加するのは、請求の基礎に変更があり、しかもこれがため著しく本件訴訟手続を遅延せしめるから、許されるべきではない、と主張するので考えるに、被控訴人の本件手形金の請求も、また民法第七一五条による使用者責任としての損害賠償の請求も、結局は被控訴人が本件手形を取得したことに基礎を置くものであるから、本件訴の変更は請求の基礎に変更がないものと認めるのを相当とし、しかも本件記録によつても右訴の変更により著しく訴訟手続を遅滞させたとも認めることができないから、被控訴人のなした訴の変更は適法で許されるべきものと考える。

よつて、進んで損害賠償請求の当否について検討する。

本件手形が控訴会社の被用者である諸角一雄によつて偽造されたことは、前記認定のとおりであり、原審証人橋本浩二、諸角一雄、原審並びに当審証人松井実、原科甲子男、竹内義行(但しその一部)の各証言、当審証人椎名政治の証言の一部及び前記甲第一、三号証、右松井証人の証言(当審)により成立を認めうる甲第二、五号証、右原科証人の証言(原審)により成立を認めうる甲第四号証を総合すれば、被控訴人が昭和二五年八月一五日竹内義行から本件手形を取得するに至つたのは、当時被控訴会社が訴外株式会社光電器製作所に対する金七四万七、〇〇〇円の前渡金返還債権の回収ができないでいたところ、右訴外会社の責任者である松井実から、同人が竹内義行より割引方の依頼を受けている控訴会社振出名義の本件手形をもし控訴会社において割引いてくれるなら、その割引金のうちから光電器製作所の右債務の一部返済にあてる旨の申出があつたので、被控訴人は、右松井等を介して、控訴会社に対し右約束手形の真否を確めたところ、諸角一雄は、本件手形は控訴会社が取引代金支払のため振出したものに違いないし、期日には相違なく支払われる旨虚偽の回答をしたので、被控訴人はこれを信じて本件手形(他の二通と共に)の割引を承諾し、三通の手形割引金二九六万七、四五〇円を竹内に交付するに至つたものであること、その後被控訴人は自己の取引先である訴外朝日信託銀行に本件手形を白地裏書して割引を得ていたところ、その満期日前たる昭和二五年一〇月一三日頃竹内義行から被控訴会社の経理課長であつた橋本浩二に対し、「本件手形はキヤラコの買付資金として自分が控訴会社から受け取つたものであるが、キヤラコの納入が遅れたため契約を解除され、控訴会社から本件手形を自分で落せと言われた。しかし今都合が悪いから、一時被控訴会社において買戻して欲しい」旨の申出があり、被控訴会社はもし本件手形が不渡になつた場合取引銀行である前記朝日信託銀行に対する信用を失うことをおそれ、同銀行に対する償還義務を免れるため、右手形を自ら買戻すこととし、満期日の翌日である昭和二五年一〇月一六日(満期日は日曜日)手形所持人であつた富士銀行品川支店に右手形金一〇〇万円(外に七、〇〇〇円は竹内が支出した)を支払つて本件手形を買戻したことが認められる。控訴人は、富士銀行品川支店から本件手形を買戻した者は竹内義行であつて、被控訴会社の支出した金一〇〇万円は右買戻資金を融通したものに過ぎない、と主張し、前記証人諸角一雄、竹内義行、並びに椎名政治はいずれも右主張に添う証言をしているが、右各証言並びに成立に争のない乙第四号証の記載内容はにわかに措信しがたいし、他に右主張を認めて前記認定をくつがえすに足る証拠はない。而して前記甲第二号証、第四号証、証人橋本浩二の証言を総合すれば、被控訴人が本件手形を買戻したけれども、それが前述の如く諸角一雄等の偽造にかかるものであつたので、振出人たる控訴会社からはその支払を受けることができず、又償還義務者たる竹内義行には本件手形金を支払う能力が全くないので、結局被控訴人は本件手形買戻のために支出した金一〇〇万円の損害を蒙つたことが認められる。

以上認定の事実によれば、被控訴人の蒙つた右金一〇〇万円の損害は、控訴会社の被用者たる諸角一雄が竹内義行と共同して本件手形を偽造し、その真否の問合に対して虚偽の回答をした一連の不法行為に基因するものというべきところ、控訴人は、右損害と諸角一雄の不法行為との間にはいわゆる相当因果関係がないと主張するによつて考えるに、もし本件手形が満期日に不渡となつた場合、被控訴人は朝日信託銀行或はその後者全員に対して償還義務を負担することは勿論、取引銀行たる同銀行に対する信用を失墜することは確実であるから、被控訴人が、償還請求を免れるため、本件手形を買戻したのは、まことにやむを得ない措置であつて、かかる事態を生ぜしめたのも、結局は諸角一雄等の不法行為の結果に外ならず、被控訴人の右損害は諸角一雄等の不法行為によつて通常生ずべき損害であると解するのを相当とする。

而して、被控訴人が被控訴会社に対し右損害の賠償を請求し得るがためには、それが被控訴会社の事業の執行につき加えられたことを要するから、この点について考えるに、原審証人諸角一雄、三井季夫、当審証人山崎喜之の各証言によれば、控訴会社において手形を発行する場合は、経理課において、(控訴会社が仕入代金支払のために振出す手形について)業務部仕入課が作成して廻付する支払伝票に基き、又は(銀行から手形貸付を受けるために振出す手形について)代表取締役又は総務部長の命令により、振替伝票を作成し、備付の手形用紙に金額、満期、支払地、支払場所、振出日振出地及び振出人控訴会社代表取締役名を記載(もつとも支払地、支払場所、振出地及び振出人名の記載にはいずれもゴム印を使用)し、なお、社印を押捺して、代表取締役がその名下に自ら保管する同人の印章を押捺しさえすれば完成する程度に手形を作成し、同課の保管する手形発行一覧表に記入した上、これらを代表取締役に提出し、代表取締役は振替伝票等を確かめ、手形発行一覧表と手形とに割印し、且代表取締役名下にその印鑑を押捺してここに初めて手形が完成し、これを(前者の手形については仕入課を通じ、後者の手形については直接に)経理課が仕入先又は銀行に交付することになつていること、すなわち、諸角一雄は、控訴会社の経理課長として、控訴会社振出の手形について、控訴会社の社印及び記名印その他のゴム印を使用して、代表取締役がその名下に捺印しさえすれば手形が完成するばかりに手形を作成し、且手形をその受取人に(仕入代金支払のため振出された手形については、仕入課を通じて)交付する職務権限をもつていたこと、しかも前記控訴会社の各ゴム印並びに社印は、総務部長の保管にかかつていたけれども、右印はいずれも営業時間中総務部長と同部庶務課長との机の間の脇机の上に置かれ、総務部長又は庶務課長の承諾を得れば、諸角一雄においてこれらを使用し得る立場にあつた事実を認めることができる。

右認定の事実関係に徴すれば、諸角一雄は経理課長として、控訴会社振出の手形を、代表取締役の捺印を除くその余の全部について作成し、その振出の準備をなす職務権限を有していた外に、その手形取得者からの問合に対しその真否の回答をする事務をも担当していたものと認めるのを相当とする。

諸角一雄の職務が以上の如きものである以上、たとえ、控訴会社の社印及び記名印が総務部長の保管にかかり、諸角においてこれを使用するには総務部長又は庶務課長の承諾を得ることを要し、又手形に押捺すべき代表取締役の印章は代表取締役がこれを保管し、且自ら捺印していたとしても、前認定の諸角の本件手形偽造行為ならびに手形真否の問合に対する虚偽の応答をした一連の不法行為は、これを諸角の職務の範囲において控訴会社の事業の執行につきなされたものと判断するのを相当とする。諸角が自己の不始末を糊塗するため会社の委託に背いてこれらの所為に出でたことは、右判断を妨げるものではない。

従つて諸角一雄の前記不法行為によつて被控訴人に蒙らしめた損害は、控訴会社の事業の執行につき加えられたものというべきが故に、控訴会社は民法第七一五条により使用者として、被控訴人に対し右損害の賠償をなすべき義務あるものといわなければならない。

控訴人は、仮に諸角の行為につき民法第七一五条の適用があるとしても、控訴会社は諸角の選任及び事業の監督について相当の注意を怠らなかつたのであるから、右損害賠償の責任がないと主張するけれども、仮に諸角一雄の選任につき控訴会社において相当の注意を怠らなかつたものとしても、事業の監督つき相当の注意をしたことを認めるに足る証拠はない。控訴会社の社印及び記名印は総務部長がこれを保管し、営業時間中は総務部長と庶務課長との机の間の脇机の上に置かれ、総務部長又は庶務課長の承諾がなければこれを使用することができないことになつており、手形の振出人名下に押捺すべき代表取締役の印章は、代表取締役自身がこれを保管且使用していたこと、並びに控訴会社においては、手形振出についての正確を期するため、仕入課をして支払伝票の作成等をなさしめ、経理課をして右支払伝票に基いて振替伝票を作成し、手形発行一覧表に記入せしめて、代表取締役がこれらの書類を確かめ、手形発行一覧表と手形とに割印をしていたことは、前記認定のとおりであるけれども、これらの事実だけでは、後記認定の事情に徴し、いまだもつて控訴会社が諸角一雄に対する事業上の監督について相当の注意をなしたものとは認めることができない。すなわち、成立に争のない乙第一、二号証並びに原審証人諸角一雄の証言によれば、諸角が相当長期にわたつて、本件手形の作成方法と同様の手段によつて、控訴会社の約束手形数十通を偽造していたのに、控訴会社においてこれを発見できなかつたことが認められるし、又原審証人三井季夫の証言によれば、控訴会社の代表取締役たる同人が、退社後における代表取締役の印章の保管について、これを同人の室の机の引出に入れ、その引出には鍵をかけたけれども、その鍵を入れた机の他の引出にも室にも鍵をかけておかなかつたことが認められるのであつて、かかる事情は むしろ、控訴会社が事業の監督について相当の注意を怠つたものとも言い得るのである。

しからば、控訴人に対し、前記損害金一〇〇万円及びこれに対する不法行為成立の日の後である昭和二六年七月二九日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、正当であるから、これを認容すべきである。よつて、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条に則り本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊地庚子三 吉田豊)

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